くも膜下出血で倒れた美帆、一月の入院で術後の経過もよく退院した。
頭部の手術だからかの見事な黒髪は剃りおとされてスキンヘットで手術の傷跡を痛々しく見る覚悟で面会許可がでた病院に見舞いにでかけた。面会者用の待合室におぼつかない足どりで現れた美帆の黒髪は奇跡的にふさふさと揺れていた、しかも髪を洗っていないせいか櫛もとおらないほどの汚れで黒髪は乱れていた、それは伊藤晴雨が描く黒髪の女の姿である。
ふらちにも俺が美帆に求めていた乱れ髪が死から逃れた美帆のたよりなげな姿とともにあり感動をより強くした。退院して一週間もすると俺のもとにやってきて縛ってちょうだいと手をさしだすしまつ。周りからは縄を解いた時の血流が一気に血圧を上げ再発するの、興奮で血圧を以上に上げるのと強く反対されていたが、本人は医師から加圧トレイニングーゴムバンドで血流を止めて行う美容方法ーは許可がでていると拒否する俺に白い目をむける。やむなく前手縛だけでという条件で撮影を再開した。
美帆の入院中に過去3年半あまりの写真を荒編集して区切りとした。今後どのような展開になるのかは予測できないが今は『死」がテーマになる写真を撮っている。白装束に黒髪が乱れ流れるコントラストの強さは死の静寂というよりも黒髪の生命力がなまめかしくまるで蛇の群れがうごめくようである。なかなか死を扱うのはむずかしい。昨日はゴザに乱れ散る黒髪をテーマにしたおり、ゴザを刑場の柵とみたてて美帆をゴザでかこってしばらく放置してみた、俺の設定を理解してくれるのならば美帆はあこがれの囚人に堕ちてみはてぬ夢の世界へ遊離するだろうと考えてのことである。はたして20分も経過した頃であろうか眼(まなこ)が視力をなくしたように白目がよりうつろになり顔の筋力が緩んだせいか涎をこぼしやがて鼻水をたれながす。出来る事ならば俺も美帆のそばに立ちたいと思うが俺は記録のがわで写真を静かに撮る。
こんな撮影時の二人にはなんらトラブルがないのであるが、撮影がおわるや大きないつもの喧嘩が始まる。気にかかるのは美帆から笑顔が消えたことである。俺が冗談を言うと皮肉がかえってくる。
なんともしんどいしんどい喧嘩は続く
杉浦則夫