
いろはさんとの1回目の撮影は15年ほど前のことであった。撮影の内容は覚えていないがいろはが佇むと彼女の周りにオーラの被膜が見えたことを記憶している。実際に彼女は特徴のある佇み方をする。彼女との撮影はそれで十分だと思っている。
この様な人にアクロバットなポーズを作るのは邪道である。もう一つあった、そのころはまだ少女の発育の名残の太ももの肉付きがふっくらとして新鮮な色気を見せていた。
今回の看護婦は少々無理があると思われるが遠山の金さんをイメージした。聖職者と刺青のコントラストを出したかった。家付の看護婦が介護する患者の願いを叶えて一夜に白い肌に鮮やかな桜の刺青を入れた犠牲愛である。亡父の死を看護婦の責任であると責め苛む妻に神田女史を頼んだ。
杉浦則夫
神田つばき 撮影同行記
いろはさんは不思議なひとだ。しんと静かで、どこまで探っていっても透明なひと。
長年、彼女の写真や映像を見て、そんなふうに思っていたのだけれど、実際に会ってもそうだった。そして、今回はじめて彼女を縛る画の中に入り、この目で見たが、やっぱり静かで透明だった。
あんなに厳しい縛りを加えられているのに、だ。そのことがとても不思議だ。
四半世紀の間に、縛られる女性をたくさん見た。縛ると女の人の我が見えてくる。可愛い願望だったり、恐ろしいカルマだったり。それはそれで興味深いことだ。
でも、杉浦先生が海外の緊縛マニアと語るZOOM会議で、役作りについて聞かれたいろはさんが、
「先生の指示を聞いて、ああ、今日は悲しい役なんだなあと思ってやりました」
と語るのを聞いて、劇団「大人計画」の伊勢志摩さんから、「役者自身に我はなくて、監督が入れてくるものを形にするものだ」と聞いたのを思い出した。
それは空ということではなく、純粋ということなんだと、夫に先立たれた老妻に扮し、いろはさんのまっ白な肌に竹鞭をあてながら気がついた。
そこからは私も役に入ることができた。
ああ、この住み込み看護師の純粋が憎い、私にはない、とっくに失われた純粋が憎い――と。
真面目でおとなしい看護師をすっぱだかに剥いたら、赤い桜の花が咲き誇っている。すでに女を散らせ枯らした私をあざ笑っているかのようだ。
夫は生前、献身的な女を言いくるめて、彫り師のもとへ通わせたのか。何日もかけて画が完成するまで、夫の舌は夜な夜な書きかけの花びらをたどり、美しい肌を濡らし、二人して蕩けていたのか――。
奈加さんといろはさんだからできる厳しい吊り縄の端が私の手に渡される。重い。横に引かれたいろはさんの体の、体重の半分近くがかかり、私は足を踏んばった。
心乱した老妻は、看護師の首を縊り殺すような気持ちで、細くて可憐な胴を締め上げる。それでも許しを乞わない若い女の純粋に、老妻の心は真っ黒な修羅だ。この女は「死んでもいい、旦那様のもとに行けるならいい」と覚悟しているのだ、と気づいて――。
いろはさんというモデルを得てから、奈加さんの今の縛りは完成したと思う。そして緊縛桟敷という杉浦さんのカメラの中に閉じ込められるたび、縄は何度も何度もこうして新しい物語に変身する。
帰り道、カジュアルスタイルが可愛いいろはさんと歩きながら、あの日本家屋にもどったら、今もまだ老妻が看護師を苛んでいるような気がした。不思議な残像を抱きながら寒夜の駅へと向かった。
神田つばき
撮影:杉浦則夫 緊縛:奈加あきら 助演:神田つばき 制作:杉浦則夫写真事務所
掲載開始日 2025.2.20・27 掲載終了 2025.3.27
注意:
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